エルガが行く

失われた鉄路を行く人のブログ。関西中心に廃線跡と貨物船の世界をご紹介します。

近江鉄道八日市線廃線跡レポ

1年ぶりの更新となりました。久々すぎて色々忘れてしまったかも
近江鉄道、通称ガチャコンは滋賀県東部を走る鉄道であり、現在会社自体に存廃問題が出つつあるが今回の廃線跡はそれとは関係ない。
むしろ八日市線はJRと競合しない八日市近江八幡間の都市間輸送の役割を担っており一番客の乗っている区間…かもしれない。
そんな八日市線廃線跡はどこかといえば終点となる八日市の手前、新八日市から分岐していた路線である。
イメージ 1これがその路線図。新八日市駅手前で分岐して御園駅へと向かう全長約2.5km程度の路線であった。この路線が敷設された理由は終点御園駅近くにあった陸軍の八日市飛行場への軍事輸送。
ちなみに元々近江鉄道本線八日市線は別の会社である。八日市線の前身たる八日市鉄道としてはこちらが本線で、新八日市八日市間は八日市鉄道が近江鉄道と合併した後の1946年に敷設されたものである。
終戦八日市飛行場が廃止されると新八日市より先のこの区間は存在意義を失い、1948年8月1日をもって休止。1964年には正式に廃止となった。
休止となった1948年にも航空写真はあるのだが、八日市付近の撮影状態が良くないため1961年の写真を使用することとする。出典はいつもの通り国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスだ。
イメージ 2休止期間ながら既に一部で道路への転用も始まるなど原型を留めていなかったらしい。それでは現在の状況をご覧いただこう。取材は2017年7月8日、湖東ドライブ中に行った(一部区間のみ車)
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ここが現在線との分岐点。正確には分岐した少しだけ先となる。御園側を望む。廃線跡は道路に転用されている。
イメージ 3もう少し進む。この辺りから築堤となって奥の近江鉄道本線を乗り越えていたらしいが痕跡はどこにもない。ここからは車に乗り込む。
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近江鉄道本線との交差跡。奥に見える民家の手前を越えていたという。
イメージ 4その先から廃線跡国道421号に転用されている。
イメージ 5八日市中野駅跡は八日市郵便局の前にあったという。御園駅方面を望む。
イメージ 6八日市方面を望む。
イメージ 7八日市中野駅を過ぎても道路転用は続く。
イメージ 8東本町交差点手前付近で廃線跡は道路から左に移動する。駐車場付近を突き抜けていたと思われるが判然としない。川合寺駅はこの付近だったという説もあるがはっきりしない。
イメージ 9その先から廃線跡は歩行者専用道路に転用されている。この辺りが川合寺駅であると思われる。
イメージ 10八日市方面を望む。道幅が廃線跡らしい。
イメージ 11廃線跡は終点御園駅まで引き続き歩行者専用道として続く。
イメージ 12少し道幅が広くなり終点の御園駅構内に入る。
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この辺りが終点の御園駅。やはり痕跡はどこにもなかった。
イメージ 16八日市側を振り返る。少しだけ広くなった道幅がここが駅だったと主張しているようだった。